拓殖の先達に訊くvol.11
英語教育学と言語教育学〜その学際性と領域
ー河原先生のご専門である英語教育学、言語教育学は、それぞれどのような学問なのでしょうか。
英語教育学は、英語が母語話者ではない人に、英語を外国語として教えたり学んだりする営みを実践と理論の両面から研究する分野です。
一方、言語教育学は、英語だけでなくあらゆる言語における教育の理論と実践を扱う学問です。言語習得の心理的・社会的・文化的・政治的要因などを多角的に分析し、言語政策、言語イデオロギー、アイデンティティ、翻訳、バイリンガリズムといった幅広いテーマも研究対象とします。
「トランスランゲージング」(=複数の言語を自由に行き来しながら、相手とコミュニケーションを取ったり学びを深めたりする言語実践)という概念が示すように、言語教育では、国際共通語としての地位を確立している英語を核としながらもさまざまな言語を柔軟に扱い、それらを橋渡ししていくことが求められています。
ー先生の研究内容について教えてください。
「通訳・翻訳研究」を主軸としています。この分野は学際性が高く、言語学、異文化コミュニケーション論、メディア論といった多様な領域の知見を取り入れています。また、近年では、哲学、心理学、宗教学、言語学の交差領域である「ケア論」にも取り組んでいます。私のすべての研究の根底には、「人間とは何か」「よりよく生きるために知はどうあるべきか」といった「人間学」の視座が基盤にあります。これらの深い洞察が自身の独自性であり、研究の原動力となっています。
私は、これまでにさまざまな研究を行ってきました。日本のアニメ映画の英訳研究では、聞き手が忖度するコミュニケーションスタイルの日本語の対話を、英語字幕にどのように翻訳されているかを分析しました。また、総理大臣の外交における翻訳分析では、外交演説で海外向けと国内向けで異なる表現が用いられた事例を突き止め、その背後にある翻訳の問題を言及。日本国憲法制定における翻訳研究では、GHQによる日本国憲法の制定過程において英語の原典が日本語に翻訳される際に生じた歪みや、アメリカ側の都合が良いように翻訳された事例などを分析しました。
英語教育学は、英語が母語話者ではない人に、英語を外国語として教えたり学んだりする営みを実践と理論の両面から研究する分野です。
一方、言語教育学は、英語だけでなくあらゆる言語における教育の理論と実践を扱う学問です。言語習得の心理的・社会的・文化的・政治的要因などを多角的に分析し、言語政策、言語イデオロギー、アイデンティティ、翻訳、バイリンガリズムといった幅広いテーマも研究対象とします。
「トランスランゲージング」(=複数の言語を自由に行き来しながら、相手とコミュニケーションを取ったり学びを深めたりする言語実践)という概念が示すように、言語教育では、国際共通語としての地位を確立している英語を核としながらもさまざまな言語を柔軟に扱い、それらを橋渡ししていくことが求められています。
ー先生の研究内容について教えてください。
「通訳・翻訳研究」を主軸としています。この分野は学際性が高く、言語学、異文化コミュニケーション論、メディア論といった多様な領域の知見を取り入れています。また、近年では、哲学、心理学、宗教学、言語学の交差領域である「ケア論」にも取り組んでいます。私のすべての研究の根底には、「人間とは何か」「よりよく生きるために知はどうあるべきか」といった「人間学」の視座が基盤にあります。これらの深い洞察が自身の独自性であり、研究の原動力となっています。
私は、これまでにさまざまな研究を行ってきました。日本のアニメ映画の英訳研究では、聞き手が忖度するコミュニケーションスタイルの日本語の対話を、英語字幕にどのように翻訳されているかを分析しました。また、総理大臣の外交における翻訳分析では、外交演説で海外向けと国内向けで異なる表現が用いられた事例を突き止め、その背後にある翻訳の問題を言及。日本国憲法制定における翻訳研究では、GHQによる日本国憲法の制定過程において英語の原典が日本語に翻訳される際に生じた歪みや、アメリカ側の都合が良いように翻訳された事例などを分析しました。
人間学を基盤とした多彩な学びが拓く、未来のキャリア
ー大学院での講義や論文指導の際、特に意識されていること、大切にしていることについてお話しください。
先ほど申しあげたように、私の研究の根底には常に、「人間学」の視座があります。「学問の社会的役割とは何か」「何のために研究をするのか」という問いを、自身の人生経験と照らし合わせながら探究する姿勢を大切にしています。また、脳神経科学や認知科学からマクロ社会学、人類学に至るまで、多様な分野の知見を取り入れて考察する「多分野関与型」の思考で取り組もうと、自分自身にも学生にも常に問いかけています。
論文指導においても、「人間学」の視座を大切にしています。具体的には、学生一人ひとりのルーツやこれまでの経験、現在の興味・関心、将来の展望まで深く掘り下げて話を聞くことから始めます。その上で、「今、目の前の研究テーマに対して、自分にとって最も納得のいくアプローチは何か」を学生自身に考えてもらいます。
私からの押し付けではなく、「こういう分野も考えられるのではないか」「あの先生の話を聞いてみるのはどうか」といった選択肢を提示し、他の専門分野の方々との交流も促しながら、学生が最もしっくりくる研究テーマとアプローチを見つけられるようサポートしています。
ー先生のアイデンティティともいえる「人間学」の視座は、どのようにして得られたのでしょうか。
私の研究テーマである通訳・翻訳の分野を深く掘り下げていく中で、「人間とは何か」という問いにぶつかったのです。それまで現代西洋の理論を中心に研究してきた反動もあり、古代東洋の思想、特に仏教に惹かれました。
私は在家なのですが、40代半ばで高野山真言宗の心のケアに関する講座を受講し、臨床心理学や仏教、密教などを学びました。病院での実習や認知症の患者さんとの関わりなど、実際のケア現場での実践を通じ、物事の見方が大きく変わったと感じています。
これらの体験が、学生に指導する際に重視している「人間学」という視座の根幹にある部分なのです。「心のケアを学び、現場で実践してきた経験」というものは、私の教育観や研究姿勢を形作る上で、大変重要な要素であると認識しています。
私の研究テーマである通訳・翻訳の分野を深く掘り下げていく中で、「人間とは何か」という問いにぶつかったのです。それまで現代西洋の理論を中心に研究してきた反動もあり、古代東洋の思想、特に仏教に惹かれました。
私は在家なのですが、40代半ばで高野山真言宗の心のケアに関する講座を受講し、臨床心理学や仏教、密教などを学びました。病院での実習や認知症の患者さんとの関わりなど、実際のケア現場での実践を通じ、物事の見方が大きく変わったと感じています。
これらの体験が、学生に指導する際に重視している「人間学」という視座の根幹にある部分なのです。「心のケアを学び、現場で実践してきた経験」というものは、私の教育観や研究姿勢を形作る上で、大変重要な要素であると認識しています。
ー先生の研究室では、どのような学生が学んでいるのでしょうか。
また、言語教育研究科の学生はどのようなキャリアパスを展望できるとお考えでしょうか。
現在、私の研究室では、中国やメキシコからの留学生や現役の大学教員が在籍しています。言語教育研究科全体では、学部生、社会人、60代以上で学び直しを志す方など、老若男女、国籍を問わず多様なバックグラウンドを持つ方が在籍しています。
学生のキャリアパスについては、第一に、通訳・翻訳のプロフェッショナルとして活躍する道があります。大学院で培われる総合的な分析力と俯瞰力は、通訳・翻訳の専門職に就く上で不可欠な能力となり、希望者にはプロになるための技術トレーニングや、関連業界の紹介なども行っています。
第二に、研究者としての道も開かれています。通訳・翻訳研究を専門とする研究者となり、学際的な視点から学術活動を継続していくことが可能です。
第三に、一般企業への就職という選択肢もあります。本研究科で養われる複眼的かつ分析的な思考力や言語コミュニケーション能力は、企業人としての高い知的生産力に直結するため、多くの分野で通用する人材として活躍が期待できます。過去の指導学生の中には、大手企業で通訳・翻訳の専門職やその他の職務に就いているケースもあります。
言葉を大切にし、言葉の背後にある人の想いや願いをていねいに扱うことは、相手への「ケア」につながると考えています。相手を気遣い、言葉に配慮できる人は、互いに尊重し支え合う関係を築くことができます。本研究科で深く学んだ学生たちは、まさにこのような力を備え、どのような分野においても活躍できる人材として社会に貢献していくことでしょう。
言葉を深め、人生を豊かにする学びの場へ
ー生成AIの台頭に伴う外国語能力と通訳・翻訳の未来について、先生のお考えを聞かせてください。
AI翻訳ツールが進化を遂げている現代において、外国語能力には、単に言語を理解し話すだけでなく、AIを使いこなし、その出力(訳文など)の正確さを検証する能力も含めるべきだと考えています。例えば、私自身スペイン語ができないため、AIが生成したスペイン語訳の正確さを判断できず、その責任も負えません。だからこそ、説明責任を果たせるレベルの語学力がより一層求められると感じています。
通訳・翻訳の仕事は今後、AIによって完全に置き換えられる可能性は低いと考えています。しかし、AIが「コンピューター・アシステッド・トランスレーション(CAT)」のように、人間の通訳・翻訳作業を補助するツールとして普及していく、つまり、AIを効果的に活用して業務を行うことで、仕事のやり方は大きく変化していくでしょう。
AIの進化は目覚ましく、数年後には状況が大きく変わる可能性もあります。シンギュラリティ(技術的特異点)の問題は未知数ですが、私たちの言語学習や仕事のあり方に今後も大きな影響を与え続けるでしょう。
ー言語教育研究科、ひいては言語教育研究科英語教育学専攻で学ぶことの最大の魅力は何でしょうか?
本研究科の大きな特徴は、英語教育学と日本語教育学を統合した言語教育学を掲げている点にあります。これは全国的にも珍しい取り組みであり、両分野に精通した優れた研究指導教員が多数在籍しているため、両分野のさまざまな授業が受講できます。英語教育学専攻では、教育学、言語構造の研究(言語学・英語学)、コミュニケーション学(通訳・翻訳)といった多彩な分野の授業を横断的に履修し、幅広い知識を深めることができます。
5名のネイティブスピーカー教員による質の高い指導も、本研究科の強みです。論文指導も直接行っているため、英語での論文執筆をネイティブの指導のもとで行うことが可能です。日本人学生も、希望すれば日本語での論文執筆が可能ですが、基本的には英語での論文執筆を推奨しています。実際、本研究科では多くの学生が英語で論文を執筆しており、国際的な学術発信の機会が広がっています。
AI翻訳ツールが進化を遂げている現代において、外国語能力には、単に言語を理解し話すだけでなく、AIを使いこなし、その出力(訳文など)の正確さを検証する能力も含めるべきだと考えています。例えば、私自身スペイン語ができないため、AIが生成したスペイン語訳の正確さを判断できず、その責任も負えません。だからこそ、説明責任を果たせるレベルの語学力がより一層求められると感じています。
通訳・翻訳の仕事は今後、AIによって完全に置き換えられる可能性は低いと考えています。しかし、AIが「コンピューター・アシステッド・トランスレーション(CAT)」のように、人間の通訳・翻訳作業を補助するツールとして普及していく、つまり、AIを効果的に活用して業務を行うことで、仕事のやり方は大きく変化していくでしょう。
AIの進化は目覚ましく、数年後には状況が大きく変わる可能性もあります。シンギュラリティ(技術的特異点)の問題は未知数ですが、私たちの言語学習や仕事のあり方に今後も大きな影響を与え続けるでしょう。
ー言語教育研究科、ひいては言語教育研究科英語教育学専攻で学ぶことの最大の魅力は何でしょうか?
本研究科の大きな特徴は、英語教育学と日本語教育学を統合した言語教育学を掲げている点にあります。これは全国的にも珍しい取り組みであり、両分野に精通した優れた研究指導教員が多数在籍しているため、両分野のさまざまな授業が受講できます。英語教育学専攻では、教育学、言語構造の研究(言語学・英語学)、コミュニケーション学(通訳・翻訳)といった多彩な分野の授業を横断的に履修し、幅広い知識を深めることができます。
5名のネイティブスピーカー教員による質の高い指導も、本研究科の強みです。論文指導も直接行っているため、英語での論文執筆をネイティブの指導のもとで行うことが可能です。日本人学生も、希望すれば日本語での論文執筆が可能ですが、基本的には英語での論文執筆を推奨しています。実際、本研究科では多くの学生が英語で論文を執筆しており、国際的な学術発信の機会が広がっています。
ー大学院進学を検討している学生に向けて、メッセージをお願いします。
大学での学びだけでは物足りず、知的な探究を深めたい学部生、現役の英語教員など自身の専門性をさらに深めたい方、これまでの経験を振り返り、学問を通して人生に新たな意味を見出したい方、特に「言葉」に関心のある方々。本研究科は、言葉と外国語を通じて自身の人生基盤を強化し、充実した日々を築きたいと思う方を歓迎します。
言語は人生の土台、外国語は世界に羽ばたくための礎です。キャリアや年齢は問いません。長い人生の中での2年間、腰を落ち着けてものをじっくり考えながら学問に取り組むことは、皆さんの人生をきっと実りあるものにしてくれるでしょう。
大学での学びだけでは物足りず、知的な探究を深めたい学部生、現役の英語教員など自身の専門性をさらに深めたい方、これまでの経験を振り返り、学問を通して人生に新たな意味を見出したい方、特に「言葉」に関心のある方々。本研究科は、言葉と外国語を通じて自身の人生基盤を強化し、充実した日々を築きたいと思う方を歓迎します。
言語は人生の土台、外国語は世界に羽ばたくための礎です。キャリアや年齢は問いません。長い人生の中での2年間、腰を落ち着けてものをじっくり考えながら学問に取り組むことは、皆さんの人生をきっと実りあるものにしてくれるでしょう。