Graduate School of Language Education 言語教育研究科

指導教員 言語教育研究科「日本語学」
阿久津 智教授
文字(漢字)や語彙関係の研究とともに、日本語の教材作成や留学生への日本語教育に長年携わる。マレーシアの言語教育事情と日本語教育事情の研究にも携わった経験がある。

大学院生 言語教育学専攻博士後期課程1年
社会人経験の後に日本語教育の道を志し、日本語教師の資格を取得後、拓殖大学大学院へ。日本語教育学専攻・博士前期課程修了後、博士後期課程に進学。現在、拓殖大学の公開外国語講座で台湾語、広東語、ベトナム語も学んでいる。

二字漢語の使われ方と、意味の変化を追う。

「二字漢語『適当』の変遷−近代から現代にかけて−」をテーマとして研究に取り組んできた池田純さん。社会人として働いた後に日本語教育の世界に出会い、日本語教育の分野で長い伝統を有する拓殖大学の大学院を目指したそうです。池田さんが博士前期課程から師事し、日本語学の奥深い世界を究める先達として尊敬しているという阿久津智教授とご一緒いただき、研究の中身と今後の探究の方向性についてお伺いしました。

「適当=いいかげん」はいつから?
用法と意味の足跡をたどり、その背景を探る。

ーーまず池田さんの研究内容についてお話しください。

池田二字の漢字で構成される漢語「適当」について、意味の変化を調べてきました。「適当」ということばを、私たちは「よくあてはまる」という意味と同時に、対照的な「いいかげん」という意味でも使っています。
「適当」ということばそのものはかなり古い時代の文献にも使われていて、「よくあてはまる」という意味で使われていたようです。これがいつの間にか「いいかげん」という意味も同時に持つようになりました。ちょっと面白いと思いませんか?

阿久津漢字2つの組み合わせでできた言葉を「二字漢語」と呼びます。二字漢語はたくさんあるけれども、池田さんはまたどうして「適当」という漢語を選んだのでしょうか?

池田語彙を専門としている阿久津先生の指導を受け、日本語の文字や語彙についての歴史に関心を持ち、なかでも「漢語」について研究したいと思うようになりました。
最初は、中国語と日本語で意味が異なる漢語を取り上げようと思っていましたが、むしろ日本で独自に発展した、複数の意味を同時に持つ漢語に面白みを感じて、今回「適当」について調べることにしました。方法としては、新聞社のデータベースを使って過去の記事から使用例を調査するところから始めました。

ーー新聞記事を対象とした調査は、どのようにしていますか?

池田拓殖大学の図書館が読売新聞社と提携しており、「ヨミダス歴史館」というデータベースを利用できます。時代ごとに該当する記事を収集していくのですが、明治時代の創刊号から現在までほぼ全ての紙面が閲覧可能なため、適切な条件を入力すれば、効果的に調べることができます。

阿久津インターネットを利用できるようになって、本当に研究がしやすくなりましたね。昔だったら新聞の縮刷版のページをめくって記事を一つ一つ丹念に探さなければならなかった。それがいまでは全てのデータを対象に検索をかけられる…。

池田はい。そうやって明治時代から現代まで新聞記事を調べていくと、「適当」が「いいかげん」という意味で使われるようになったのは、少なくとも紙上では戦後の昭和30年代以降ではないかということがわかってきました。比較的新しい使われ方だと思うんですね。

ーー話し言葉としての「適当」という言葉の意味も、同時期に変わったのでしょうか?

池田そうですね。新聞記事で使われるようになる前に、当然話しことばとして「適当」が「いいかげん」という意味で使われるようになっていたはずですが、そのあたりの解明は今後の課題です。話し言葉の歴史を探ることは結構難しいですね。

阿久津博士論文の執筆に向けて、なぜ「適当」という漢語に「いいかげん」という意味が生まれたのか?その背景を明らかにする必要がありますね。そして、さらに複数の言葉にあたってみて、新しい意味の発生過程や生まれた異なる意味の傾向など、普遍的なパターンについて考えていくことが、研究の目標になると思いますよ。

池田はい。いまは博士後期課程での研究が始まったばかりですので、まず漢語についての基礎的な資料をしっかりと検討し、3年間しっかり取り組んで論文としてまとめたいと思っています。

日本語教育の現場では、テクニックだけでなく深い教養が求められる。

ーー阿久津先生は、池田さんの研究をどのように評価していますか?

阿久津一つの言葉が異なった意味で使われることは多く見られます。そこは外国人が日本語を学んでいく時に戸惑うところでもあるんですね。ですから複数の意味を持つ言葉の研究というテーマは、日本語教師を目指す池田さんにはぴったりだと思っています。

ーー最近では、「だいじょうぶです」という言葉が「不要です」という意味で使われるケースもありますね?

池田日本人同士の会話だと、「だいじょうぶです」と言われたときに、話の流れからどういった意味で使われているのか理解できます。しかし、日本語を学び始めたばかりの留学生の場合だと、最初に教わっていた意味で受け取ってしまい、コミュニケーションがうまくかみ合わないこともありますね。

阿久津留学生がコンビニや飲食店などでアルバイトをしていて、お客さんに何かを勧めた時に、「だいじょうぶです」と言われたら、「不要です」ではなくて、「要ります」という意味に取ってしまうかもしれない。

池田ですから、こうした「複数の意味をもつことば」にスポットを当てて研究することで、学習者が日本語を学ぶときに役立つ知識を提供できればと思っています。

阿久津しかも日本語の専門的な研究は、日本語を教えるためのテクニックに結びつくだけではないんです。日本語の研究を通じて蓄積された日本の歴史や文化に関する深い教養が、教わる側の外国人にも感じられ、教育者の知的なスケールの大きさ、深さとして伝わるものなんです。

池田「適当」ということばについて調べていくと、物事をストレートに表現しない、まさに日本独特のことばの文化背景が見えてきたように思えます。つまり「適当」ということばを使って、意味を直接的でなく、やんわりとあいまいにし、相手にゆだねる。今後は、そういったことばに関する感性の側面からも、アプローチできればと考えています。

留学生と共に学ぶ環境を生かし、アジア諸国および世界の言語・文化も理解したい。

ーー池田さんは社会人として活躍した後に、日本語教師を目指すようになったそうですね。

池田はい。前職は日本語教育とはほとんど関係のない分野でしたが、求職中にたまたま日本語教育の世界に出会い、幸運にも日本語教師養成講座で学ぶ機会を得ました。養成講座で学んでいるうちに日本語の面白さに目覚め、知的探究心を刺激され、大学院でさらに深く学びたいと思うようになりました。そこで、日本語教育の分野で半世紀以上の伝統を有し、「積極進取の気概」という建学の精神にも強く共感した拓殖で学ぶことを決意しました。

阿久津日本語教師の養成機関から大学院への進学は決して珍しくはありません。でもいまこの研究科では、池田さんのように日本語を母語とする学生は少数派ですね。

池田はい。日本語教育専攻の学生は、留学生が大半で、入学した当初は驚きましたが、すぐに慣れました。むしろ、日本にいながらにして異文化体験ができるという大きなメリットもあります(笑)。最近は大学院で学ぶと同時に、拓殖大学の外国語講座(誰でも学べる公開講座)で、台湾語、広東語、ベトナム語も学んでいます。わからないことがあれば留学生にいつでも聞けるという恵まれた環境にありますね(笑)。講座の先生とも仲良くさせてもらっています。海外で日本語を教える立場になったときに、現地の言葉が少しでもわかれば、学生との信頼関係も築きやすいですし、何よりも、学習者の母語を知るということは、ことばを教える人間にとって、非常に大事なことです。日本語学習で苦労している学生の気持ちを理解するためにも、今後も継続したいと思っています。

阿久津私としてはもう少し日本人学生に入学してほしいのですが…(笑)。日本人と留学生が半々くらいが理想ですね。池田さんのように探究心とチャレンジ精神のある日本人学生は大歓迎です。

池田同時に、拓殖は留学生のサポートも非常にしっかりしているので、やる気のある留学生も大歓迎です(笑)。まずは博士論文の執筆が課題ですが、将来どんな国で、どのような形で日本語教育に携わったとしても、阿久津先生から学び、身につけた「日本語学」の知識が、私の基盤となって支えてくれると信じています。

一つのことばを手がかりに、日本語学の世界を掘りさげていく。
日本語教師に求められる、日本の歴史と文化に関する深い教養を身につけながら…。